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2013年、ガラテヤ人への手紙(その2)


      キリストの啓示による福音


御言葉:ガラテヤ人への手紙 1章11~24節
要節:ガラテヤ人への手紙 1章12節 「私はそれを人間からは受けなかったし、また教えられもしませんでした。ただイエス・キリストの啓示によって受けたのです。」

パウロは1章の前半部(1-10)で、自分の使徒権について主張しました。「私が使徒となったのは、人間から出たことでなく、また人間の手を通したことでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神によったのです。」パウロの使徒権を認めようとしない人々への弁護でした。当時の人々がパウロの使徒権を認めようとしなかったのは、彼が伝えた福音を否定する狙いがありました。

そこで、使徒権を弁護していたパウロは、今日の御言葉でパウロ自信が伝えた福音について弁護しています。パウロが伝えた福音とは何でしょうか。今日の御言葉を通して、パウロの福音について深く学ぶことができますように祈ります。

11-12節をご覧ください。「兄弟たちよ。私はあなたがたに知らせましょう。私が宣べ伝えた福音は、人間によるものではありません。私はそれを人間からは受けなかったし、また教えられもしませんでした。ただイエス・キリストの啓示によって受けたのです。」パウロはここで、自分が伝えた「福音」がイエス・キリストの啓示によるものであるとしています。啓示とは英語では「revelation」で、神による啓示、黙示、お告げなどを意味します。聖書の黙示録を英語では「The Revelation」と記録しているのはその意味です。パウロは「イエス・キリストの啓示により」福音を受けたのだと説明しています。

当時、人々の間ではパウロが伝えた福音が「人によって作り出されたもの」だとするうわさが流れていました。人間の知恵や巧みな話術によって作られたのだとする見方でした。更に、ある人々は「誰かに教えてもらったもの」だとするうわさを流していました。パウロが自分で作り出したものか、彼の師匠やラッピ学校から教わったものだとするうわさでした。しかし、パウロはこのいずれかも該当しない「イエス・キリストの啓示によるもの」であると主張しました。福音の著作権はイエス・キリストにあるとしたのです。

つまり、パウロが宣べ伝えた「福音」つまり「良いお知らせ」の「ユアンゲリオン」は今までの理論を教わり集めたものでもなければ、自分の力で巧みに作り出された理論でもない、イエス・キリストから啓示されたものであるとしています。今まで人々により伝承され、教えられ、守られてきた、特に、ユダヤ人たちが信じてきた律法による救いの概念とも全く違うものであるとしています。これがエルサレムでキリスト教が迫害を受けた原因であり、12名の弟子たちがほとんど、殉教される立場になった原因でもあります。

イエス・キリストの啓示によるキリスト教は独特です。ユダヤ教を含むほとんどの宗教の救いの秘密は良い行いの実行にあります。同じように、世の中での成功の秘訣も、宗教の教えとあまり変わりがなく、良い成績の積み重ねによるものです。律法を守れば救われるとするユダヤ教がその代表格です。仏教が善行の積み重ねによる祝福を教えていますし、ヒンズー教がそうです。マホメット教も、イスラム教だって決められた律法をしっかり守り通すことによる祝福を伝えています。生活習慣のお行儀を大事にする日本の伝統的な根強い教えも、先祖を重んじる中国や韓国の儒教だって善行の積み重ねが救いの条件となっています。

13節、「以前ユダヤ教徒であったころの私の行動は、あなたがたがすでに聞いているところです。私は激しく神の教会を迫害し、これを滅ぼそうとしました。」理由はイエス・キリストのためでした。律法の教えや伝統的な規律ではなくイエス・キリストを信じ、教えていたからです。そこで、パウロはユダヤ人の誰よりも人一倍キリスト教徒を迫害をしました。14節で、次のように言っています。「私は、自分と同族で同年輩の多くの者たちに比べ、はるかにユダヤ教に進んでおり、先祖からの伝承に人一倍熱心でした。」パウロはユダヤ教に進んでおり、ユダヤ教の伝承に人一倍熱心だったから、人一倍キリスト教徒を迫害しました。パウロはユダヤ教の伝統的な神学校に当たるカマリエル派の門下生でした。パウロは誰よりもユダヤ教には精通していましたし、律法と伝承による救いを確信していました。イエス・キリストが道であり、真理であり、命であると教えるキリスト教の人々を捕縛し、牢に入れるのが神様に充実するものと考えていました。

15節、「けれども、生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方が、異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたのでした。」何と、キリスト教の人々を捕博し、牢に入れることを人一倍熱心に行っていたパウロを、イエス・キリストを伝える道具として神は選ばれたのでした。その時、パウロは人と相談しませんでした。17節を見ると、先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行きました。つまり、イエス・キリストを述べ伝えていた使徒たちと相談もせず、彼らの教えを教わることもなく、アラビヤに出て行きました。アラビヤは何もない所でした。パウロの衝撃がどれだけ大きかったことか物語りますし、イエス・キリストの啓示を大変真剣に受け止めているパウロの姿勢がうかがえます。

その後、パウロはダマスコに戻りました。最初の啓示があったところでした。パウロはガラテヤの人々に、イエス・キリストの啓示があった時に、先輩たちに会うことやイエス・キリストの12弟子がまだ顕在して活動していたエルサレムに上らなかったことを強調しました。つまり、パウロが伝える福音はエルサレムのものでもなければ、12弟子たちのものでもない、イエス・キリストの啓示によるものであることを強調しているのです。18節をご覧ください。「それから三年後に、私はケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。」とあります。パウロは啓示を受けてからアラビヤでどれぐらい過ごしたか分かりませんが、最初の啓示があったダマスコに戻ってから3年間、ダマスコで啓示により受けた福音を宣べ伝える生活をしました。それから3年が過ぎたころ、ケパを訪ねてエルサレムを訪問しました。そして、15日間、ケパのペテロと一緒に親交を深めました。始めて、パウロはイエス・キリストの首弟子、ケパの思想、考え方、エルサレム教会が伝える福音について、その内容を確かめたのでした。その際、主の兄弟ヤコブは別として、ほかの使徒にはだれにも会いませんでした。つまり、パウロが啓示を受けてからアラビアの生活を終え、三年間、ダマスコでの宣教活動をしながら体験した聖霊の動きを、15日間ケパと過ごし、イエス・キリストの啓示を12弟子のひとりとの交流の中で、確かめることができました。

以上をまとめてみると、パウロの福音は12弟子によるものでもなければ、エルサレムでユダヤの人々に広まったキリスト教の教えを伝授されたものでもありませんでした。パウロの福音は完全にイエス・キリストのものであり、イエス・キリストにより教えられたものでした。イエス・キリストの啓示によるもの福音を、パウロがこれだけ啓示を強調しているのには理由がありました。パウロが伝える福音の著作権はイエス・キリストであることを強調するためでした。しかも、パウロは次のように付け加えています。20節「私があなたがたに書いていることには、神の御前で申しますが、偽りはありません。」

21節以降を見ても、パウロはその後も、エルサレム派と議論したり、12弟子たちの教えを体系的に学んだりしませんでした。むしろ、パウロはダマスコからシリヤ、キリキヤ地方に行きました。そのためパウロはユダヤの諸教会にあまり知らされていませんでした。けれども、彼らの中には次のようなうわさが流れていました。23節、「以前私たちを迫害した者が、そのとき滅ぼそうとした信仰を今は宣べ伝えている」と。彼らはパウロのことで神をあがめていました。

12弟子に伝授されたものでもなければ、エルサレムで体系的に教えてもらったものでもない、しかも、イエス・キリストを迫害していたパウロが、だれからも教えられてないのに、その信仰を伝える人となりました。これはあり得ない、全く不思議なものでした。パウロがなぜ、このような事実を記録しているのですか。それはパウロの教えが人からのものでもなければ、人間により教えられたものでもない、先祖たちにより伝授されたものでもない、イエス・キリストの啓示によるものであることを強く強調するためでした。

それでは、イエス・キリストの啓示によるパウロの福音の中身が何ですか。

第一、パウロの福音はイエス・キリストです。 「キリシタン」とか「クリスチャン」という言葉がありますが、これはイエス・キリストに気が狂った人々のことを指します。その口からイエス・キリストだけが語られている不思議なグループのことを指します。変わった人々です。これはパウロがエペソのツラノという講堂で2年間、集中的にグループ聖書勉強をし、名付けられたものでした。「キリシタン」「クリスチャン」彼らはイエス・キリストに気が狂った人々でした。彼らの生活のすべてに「イエス・キリスト」という言葉が常に行き来していました。人々はそのような彼らのことを「キリシタン」「クリスチャン」「キリストに気が狂った人々」と名付けたのです。それは、パウロが伝えた福音の中身は「イエス・キリスト」だったからです。

ツラノの講堂で行われた聖書勉強のための問題集があるとすれば、最初の問題は何だったのでしょう。それはこうです。「信じたとき、聖霊を受けましたか(使徒19:2)。」これがツラノの講堂での集中講義が始まったきっかけでした。そして、聖霊について学びはじめました。さらに、彼らがヨハネのバプテスマを辞めて、主イエスのバプテスマに代えて受けた時、彼らには聖霊が臨みました。また、異言を語り、預言をしました。12名ほどの弟子が熱心に聖書勉強した時に、アジアに満遍なく主の言葉が広まりました。

「信じた時に聖霊を受けましたか。」これは今もなお、すべての信者に尋ねるパウロの質問です。大体、バプテスマのヨハネの洗礼を受けている人々は聖霊の体験がありません。律法的な信仰生活をしている人々を指します。主イエスによる洗礼を受ける時、人々は聖霊の体験をします。異言をし、預言をすることになります。異言をし、預言をするとは聖霊の言葉を語り、夢を見ることを指します。別世界を体験するのです。私も同じ体験をしたのでした。約27年前、ある集会で「主はキリスト」と告白していた後、私はまったく想像もしなかった別世界を体験しました。夢のようで現実にいる自分が不思議な気がしました。劣等意識が強かったのですが、込みあがる勇気と自信感に、人から見れば馬鹿のような人生の新しい夢を見ることになりました。こころがわくわくし、その集会場を離れるバスの中、私はまったく別世界を実体験している自分を見つめていました。それ以降、聖書の言葉は嘘のように理解ができましたし、正常な人なら受け入れがたいと思われた聖書の物語が感動の物語として理解されました。古典のロシア文学が伝えようとしていた深みのメッセージを理解し始めたのもその時からでした。それから、私のそばにいる聖霊は私の人生のすべてに同行されるようになりました。その後、私は「キリシタン」「クリスチャン」「キリストに気が狂った人」と名付けられました。パウロが伝えた福音「イエス・キリスト」を受け入れ、信じたからでした。

第二に、パウロの福音は「信仰」です。 パウロが人生をかけて伝えた福音は「イエス・キリスト」ですが、イエス・キリストの十字架と復活が、私たちの救いの原因であることを「信頼する」「信仰する」ことが救いに至る道具であると説明しています。律法を守るとか、善行をするとか、キャリアを積めることが救いの原因ではないと断言しています。これらの律法や善行、キャリアは積めば積むほど、私たちが罪人であることを悟るのみであると教えています。しかし、イエス・キリストの十字架とその復活を信じる「信仰」があれば、救いが訪れると教えています。パウロはローマ人への手紙10章17節で次の世に言っています。「この信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」と。主イエス・キリストの十字架と復活を聞くことが無ければ、信仰も、救いも無いのです。パウロはこの事実を悟り、叫びます。「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」と(ローマ10:13)。しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」パウロは信仰の秘訣を宣教の愚かさで伝える宣教者となったのです。宣教者としてパウロは人生をかけて主イエス・キリストの十字架と復活だけを宣べ伝えました。しかも、ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシヤ人は知恵を追求しましたが、パウロは十字架につけられたキリストを宣べ伝えました。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、ユダヤ人であってもギリシヤ人であっても、召された者・パウロにとっては、キリストは神の力、神の知恵でした。

多くの人々は救いのために、行動が必要だと思ったりします。律法の順守が必要だと思ったりします。律法をしっかり守れば救いが来ると考えたりします。しかし、イエス・キリストによる啓示により受けたパウロの福音は違うものです。律法をいくら守っても、それは救いにはたどり着かない、と。自分が罪人であることを悟るのみである、ということでした。救いは「イエス・キリストの十字架の死を、自分の罪のためであると素直に受け入れる時」、またその事実を「信じる時」訪れるGood Newsであることを述べ伝えたのでした。

この信仰は救いによる希望を、希望は救いの究極的な姿である愛を、救われた人生のプレゼントとして頂くのです。私たちに「イエス・キリスト」を、「信仰と希望と愛」を与えて下さいました神様を感謝賛美いたします。


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From 2008-12-6 Saturday, Last-modified: 2016-05-28 (土) 00:56:46 (1210d)